学会発表
学会発表

WEB掲載:2010.08.28
日本小動物獣医師学会 2010年大会
学術奨励文永堂出版賞受賞

猫伝染性腹膜炎に似た化膿性肉芽腫性炎を呈したフェレットの2例

○古屋敷1)、井上1)、村岡1)、重本 仁1)、鳥巣 至道2)
1)王子ペットクリニック、2)宮崎大学 農学部附属動物病院

<緒言>

猫伝染性腹膜炎(FIP)とは、ネココロナウィルス(FCoV)が突然変異した強毒株によって引き起 こされ、コロナウィルスが関与する全身性疾患として広く知られている。FIP の症状としては、線維 素性腹膜炎・胸膜炎をおこし、腹水・胸水の貯留を特徴とするウェットタイプと、ほとんど腹水・胸 水の貯留が見られず、化膿性肉芽腫性炎が眼、脳、腎臓、大網、および肝臓に発現するドライタイプ の2つの型がある。FIP の両型の特徴を示す症例も少なくはない。近年、フェレットにおいても全身 性のコロナウィルス感染症が報告されている。2006 年Martinez らは、化膿性肉芽腫性炎が認められ た9 例中7 例で、FCoV のモノクローナル抗体が病変部のマクロファージ内で陽性であり、コロナウ ィルスがFIP に極めて類似した病変をフェレットにも引き起こす可能性があると報告している。また、 2008 年 Garner らの報告ではフェレットの FIP に類似する肉芽腫病変部の遺伝子解析においてコロ ナウィルスの存在が認められている。そして、そのウィルスゲノムはフェレット腸コロナウィルス (FECV)と高い相同性を持つことから、FECV が変異しFIP 様病変を引き起こした可能性を示唆し ている。我々が調べた限り、我が国において同様の報告はまだない。今回、我々はFIP に類似する病 態を示したフェレットの2 症例に遭遇し、そのうちの1 症例において病変部組織の遺伝子検査でコロ ナウィルスが検出されたため、その概要を報告する。

<症例1>

[プロフィール] メス 1 歳8 ヶ月齢 パスバレー 体重540g (1 歳5 ヶ月齢時:780g) [初診時稟告] 体重減少・食欲低下 [一般身体検査] 触診にて右前腹部に直径3cm程度の腫瘤を確認した。 [血液検査所見] 白血球の増加(14900/uL)、血糖値の上昇(221mg/dl)、AST の高値(323U/l)、TP の高値(12.0g/dl)、高γグロブリン血症(60.2% A/G 比 0.28)が認められた。アリューシャン病 ウィルス抗体価は3倍以下であった。 [超音波検査所見] 右腎と隣接して33.2×19.4mm の低エコー性腫瘤を認めた。 [治療と経過] 第1病日に腹腔内腫瘤の FNA を実施し、検査結果を待つ間エンロフロキサシン (5mg/kg/BID)、プレドゾニロン(1mg/kg/SID)および整腸剤の投与を行った。細胞診の結果は、 化膿性肉芽腫性炎であった。第7 病日、腹腔内腫瘤摘出術を実施した。 [開腹時所見] 腸間膜、腸管、腸間膜リンパ節、脾臓、後腹膜に肉芽腫性病変を認めた。肉芽腫性病 変は非常に脆く、触るだけで出血した。 [病理組織学的検査] 化膿性肉芽腫性炎症:腸間膜および大網では、脂肪組織に多結節性からび慢性 の炎症性病変が認められた。病変内にはマクロファージ、好中球およびリンパ球が結節状に集簇し た大小の肉芽腫形成が認められた。 [術後経過] 術後にプレドニゾロンを増量(2mg/kg/SID)し、元気・食欲は改善した。第150 病日現 在、プレドニゾロン(2mg/kg/SID)、エンロフロキサシン(10mg/kg/SID)および整腸剤を継続的 に投与し、良好な経過をとっている。

<症例2>

[プロフィール] オス 1 歳3ヶ月 マーシャル 体重840g(7 ヶ月齢時:1.16kg) [初診時稟告] 腰背部の脱毛、元気食欲低下、歩様異常(ふらつき) [一般検査] 前肢、後肢ともにふらつきがあり、歩行困難を示した。一時的に血糖値の低下 28mg/dl を認めたが、低血糖に再現性は認められなかった。(2 回目測定:血糖値78mg/dl) [超音波検査] 左腎の尾側に直径1cmほどの腫瘤を認め、脾腫を認めた。 [治療と経過] 飼い主が積極的な検査を希望されなかったため、エンロフロキサシン(5mg/kg/BID)、 プレドニゾロン(1mg/kg/BID)、ビタミンB、整腸剤の投与を実施したが、症状の改善は認められ ず、第135 病日斃死した。 [剖検所見] 副腎の腫大、肺に結節性病変の形成、腸管膜リンパ節の腫大および腸間膜リンパ節の周 囲に肉芽腫様病変が認められた。脳には肉眼的異常は認められなかった。 [病理組織学的所見] 化膿性肉芽腫性炎症:脳の髄膜、肺、副腎、腸管およびリンパ節ではいずれも 同様の形態を示す多結節性からび慢性の炎症性の病変が形成されていた。病変内にはマクロファー ジ、好中球およびリンパ球が結節状に集簇した大小の肉芽腫形成が認められた。脾臓と心臓では固 有構造は保たれており、明らかな異常は認められなかった。 [遺伝子検査] 化膿性肉芽腫性炎症の病変にコロナウィルスの存在を確認するために、肉芽腫病変の 遺伝子検査を実施した。第1群コロナウィルス(FCoV、イヌコロナウィルス、伝染性胃腸炎ウィ ルスが属する)に共通する領域を検出するプライマーペアを使用して、腸間膜リンパ節の凍結標本 から RT-PCR を行ったところ、PCR 産物の電気泳動から約 140bp の明瞭なバンドが認められた。 以上のことから、本症例の腸間膜リンパ節の化膿性肉芽腫性病変から、コロナウィルスを示唆する バンドを検出した。 (遺伝子診断D-Lab)

<考察>

Garner らが報告したフェレットの全身性コロナウィルス感染症では、診断時平均年齢は11 ヶ月齢 と若齢であり、臨床症状は、食欲低下、体重減少、下痢、腹腔内腫瘤、後肢麻痺、中枢神経症状、嘔 吐および呼吸困難などが認められている。血液化学検査所見では、軽度の貧血、血小板減少症および 高タンパク血症(高γグロブリン血症)を認めることが多い。そして特異的な治療法がないため予後 は悪く、平均生存期間は67 日であったと報告されている。病変は臓側腹膜、肝臓、腎臓、脾臓、肺、 そして特に腸管膜の脂肪とリンパ節において、白色の小結節を多数認め、23 例中1 例で腹水が認めら れている。病理組織学的には臓側腹膜、腸管膜脂肪組織、肝臓、肺、腎臓、リンパ節、脾臓、膵臓、 副腎および血管に化膿性肉芽性炎が認められている。免疫組織学的には 23 例すべての症例でモノク ローナル抗体FIPV3-70 を用いたコロナウィルス抗原に陽性反応を示し、炎症病変において電子顕微 鏡でマクロファージの細胞質にコロナウィルスの形態を持つ粒子が認められている。さらに、病変部 位のRT-PCR によりコロナウィルスが検出されている。 今回我々が経験した症例では、症例1では1 歳8 ヶ月齢、症例2では1 歳3 ヶ月齢と共に若齢であ り、両症例とも腹腔内腫瘤が認められた。また、症例1においては高タンパク血症および高γグロブ リン血症が認められ、さらに、病変部の肉眼的および病理組織学的所見も前述の報告と類似していた。 フェレットのコロナウィルス感染症は、従来、重症急性呼吸器症候群(SARS)と伝染性カタル性 腸炎(ECE)の2 つの病型が広く知られている。そのうち、FCoV に類似した病型を引き起こすのは ECE で、原因ウィルス(伝染性カタル性腸炎ウィルス:FECV)はFCoV と同じように唾液、糞便、 腸管の粘膜細胞に認められるが、血清、脾臓またはリンパ節には認められないと報告されている。し かしながら、今回症例2 においては病変部組織(腸管膜リンパ節)からコロナウィルスが検出された。 したがって、症例2は日本初となるFIP 型の全身性コロナウィルス感染症だと考えられた。また、症 例 1 も症例 2 と同様の病変が認められたため、コロナウィルス感染症の可能性が高いと考えられた。 今回、臨床現場においてフェレットのコロナウィルス遺伝子検査が実用化された意味は大きく、今後 の診断ツールの一助になると考えられる。 症例1において、顕著な高γグロブリン血症が認められた。この病型のコロナウィルスに感染した フェレットは、貧血、血小板減少およびBUN やALT の上昇などの血液化学的異常を示すことが報告 されているが、最も特徴的な異常は、高γグロブリン血症である。フェレットに高γグロブリン血症 を起こす病因としては、他にアリューシャン病が知られている。アリューシャン病はパルボウィルス 感染による免疫複合体関連疾患であり、各臓器へリンパ球および形質細胞の浸潤を生じて様々な臨床 症状を呈する。アリューシャン病は、高γグロブリン血症かつ血清アリューシャン病ウィルス抗体価 の上昇、または、病変部における病理組織検査においてリンパ球と形質細胞の浸潤を認めることで診 断される。今回の症例は1と2どちらにおいても病理組織検査にて重度の形質細胞の浸潤は認められ なかったため、アリューシャン病の診断基準から外れていた。コロナウィルス感染症とアリューシャ ン病とは病型がよく似ているため、鑑別には注意が必要であるが、症例1ではアリューシャン病ウィ ルス抗体価は3倍以下であり、感染は否定的であった。 今回報告した症例は2件だが、臨床現場において同様の症状を呈するフェレットに遭遇することは 珍しくない。そのため、この病型のコロナウィルス感染症がすでに日本に蔓延している可能性は十分 に考えられる。また、今回報告したフェレットの FIP 型の全身性コロナウィルス感染症の治療法は、 確立されておらず、予後不良であると報告されている。しかし、今回の症例1 では、ステロイドの高 用量投与で比較的長期間にわたり臨床症状の改善が認められており、症例2 では、ステロイドの中用 量でも比較的長期間にわたって症状をコントロールすることが可能であった。したがって、フェレッ トのコロナウイルス感染症に起因する肉芽腫性炎の緩和的治療法としてステロイド治療が功を奏する 可能性も示唆された。今後、さらに症例検討を重ねることで治療法も含め、日本での全身性コロナウ ィルス感染症の詳細が明らかになることが期待される。

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