王子ペットクリニック:学会発表20
胸腔鏡下で胸腺腫摘出術を実施した犬の一例
○小林1)6)重本 仁1)6)吉田 直喜2)6)芦立 太宏3)6)定月 英理子4)6)鳥巣 至道5)6)
1)王子ペットクリニック 東京どうぶつ低侵襲内視鏡手術センター 2)ノヤ動物病院
3)あしだて動物病院 4)あさか台動物病院 5)宮崎大学農学部附属動物病院 6)Team Amist
【はじめに】
胸腺腫は前縦隔部の胸腺上皮に由来する腫瘍で、臨床的悪性度は様々である。病理学的に良性であっても周囲組織に浸潤する場合や、腫瘍随伴症候群として高Ca血症や重症筋無力症などを併発することがある。一般的に外科手術が選択され、完全切除が可能なものでは予後は良好であることが多い。今回犬の胸腺腫の症例において胸腔鏡下で胸腺腫摘出術を実施し、良好な経過が得られたため報告する。
【症例】
症例は犬(MIX),避妊雌,12歳10カ月齢、定期的に実施している健康診断を目的に来院。胸部レントゲン検査にて前胸部にX線不透過性の腫瘤を確認した。全身麻酔下でCT検査とFNA検査を実施したところ、CT検査では前縦隔腹側に最大径28mmの孤立性腫瘤と最大径8.6mmの小結節が認められた。FNA検査では孤立性腫瘤は胸腺腫が疑われた。オーナーに手術に関するインフォームドを行い、胸腔鏡下での胸腔内腫瘤摘出術を実施した。 症例は麻酔導入後、仰臥位で保定、第1トロカールを剣状突起下に設置し、剣状突起下アプローチを行った。胸腔内をカメラで観察しながら、左第6肋間に第2トロカールを設置し、術野の視野を確保するため超音波メスを用いて縦隔を切断した。その後、右の第6肋間に第3トロカールを設置した。術者と助手は症例の左右に分かれ、術者が第2トロカールの位置(左第6肋間)から超音波メスや内視鏡手術用綿棒を操作、第1助手が第3トロカールの位置(右第6肋間)から把持鉗子を操作し、第2助手が第1トロカールの位置(剣状突起下)からカメラを操作した。孤立性腫瘤、小結節は切除後に胸腔内で内視鏡手術用のパースに収め、第2トロカールの位置から胸腔外に摘出した。その後、胸腔ドレーンを設置して定法通り閉胸した。切皮から縫合が終了するまでの時間は77分であった。病理検査では孤立性腫瘤は胸腺上皮の充実性増殖から成り立っており、胸腺種と診断された。また、同時に摘出した小結節は甲状舌管遺残腺種と診断された。症例は術後1時間後には起立可能であり、全身状態も良好であったため手術の翌日に退院した。現在術後4ヶ月が経過しているがどちらの腫瘍も再発はなく良好な経過を辿っている。
【考察】
一般的に胸腺種を摘出する際には胸骨正中切開が選択されることが多い。今回は腫瘍が比較的小さな段階で発見できたため胸腔鏡による手術を選択した。胸腔鏡手術のメリットは骨切りなどの大掛かりな手技を必要としないため侵襲が少なく、疼痛を最小限に抑えることで術後の早期回復が見込まれる点である。また、今回は8.6mmと非常に小さな結節(甲状舌管遺残腺腫)も同時に摘出したが、カメラを通した拡大視野により胸腔内の探索が容易だったこともメリットの1つだと考えられた。しかし、胸腔鏡での手術は術者の高度な技術が必要であり重大な事故を起こすことも考えられる。今回のように症例を仰臥位に保定して正中からアプローチする場合は左右から別の人間が鉗子操作を行う必要があるためチームワークも非常に重要となる。そのため手術の前には臨床症状や全身状態からのリスク評価、画像診断による血管や周囲組織への浸潤程度の評価、トロカール刺入部位やアプローチ法の検討などの術前計画および飼い主へのインフォームドをきちんと行う必要がある。今後は胸腺種のサイズなどの条件が揃えば胸腔鏡手術も選択肢として考えていくことを検討していきたい。