王子ペットクリニック:学会発表13

原発性門脈低形成と診断された猫の1例

河津 充伸(王子ペットクリニック:東京都)

<はじめに>

原発性門脈低形成(PHPV)は、猫では非常にまれな先天性疾患である。PHPVは門脈の低形成の程度とその結果生じる後天的な側副循環の形成や肝細胞機能の障害の程度により臨床的重症度および形態学的に幅広いバリエーションを生じる。しかし、客観的な基準が存在しないため容易に見落とされる可能性がある。確定診断は肝生検による病理組織学的検査のみで行われ、病理組織学的検査では一般的に小葉間静脈の低形成や小葉間動脈および小葉間胆管の増生などが認められる。これらの所見は門脈体循環シャント、動脈門脈瘻および門脈血栓症のような門脈の低灌流を引き起こす疾患と共通した組織学的所見であるため、これらの疾患を除外しておかなければならない。今回我々は、肝生検を行いPHPVと診断された猫に遭遇したのでここに報告する。

<材料と方法>

王子ペットクリニックに来院した猫において、肝生検を実施しPHPVと診断した症例について考察した。

<症例>

症例は1歳の未去勢雄の雑種猫で、9か月齢から肝酵素上昇・黄疸が出ているとのことで当院に紹介来院した。初診時(第1病日)の血液検査にてGOT上昇(251U/l:参考範囲18‐51U/l)、GPT上昇(>1000U/l:参考範囲22‐84U/l)、ALP上昇(312U/l:参考範囲47‐254U/l)、T-BIL上昇(1.1mg/dl:参考範囲0.1‐0.4mg/dl)が認められたが、元気食欲はともにあった。また、腹部超音波検査にて胆嚢奇形が認められた。 第28病日に肝バイオプシーを行い、病理組織学的検査にてPHPVと診断された。病理組織学的検査では肝小葉の萎縮・小葉間静脈の低形成のほかに肝細胞に中等度~重度の空胞変性が認められていた。また、細菌培養検査にてEnterobacter.sp、Enterococcus.sp、Kleb.oxytocaが認められた。感受性試験などの結果から第48病日よりアモキシシリン・クラブラン酸カリウム10mg/kg/BID、ビタミンB製剤(商品名:ノイロビタン)1T/BID、ウルソデオキシコール酸10mg/kg/BIDの投与を開始した。
第60病日(投与開始後12日)の血液検査にてGOTの改善(60U/l)、GPTの改善(305U/l)、ALPの改善(186U/l)、T-BILの改善(0.2mg/dl)が認められたため内服を継続した。第105病日(投与開始後57日)の血液検査では悪化は認められなかったが改善も認められなかったため、アモキシシリン・クラブラン酸カリウムをファロペネム10mg/kg/TIDに変更し現在経過観察中である。

<考察>

今回の症例では病理組織学的検査でPHPVと診断されたが、PHPVでは一般的に認められない肝細胞の空胞変性が認められた。しかし、血液検査上で肝酵素の上昇や黄疸が認められた理由がこの組織学的な違いから来ているかは定かではない。また、病理組織学的検査では有意な炎症細胞や感染性病原体は認められなかったが、培養検査では陽性であったことや感受性のある抗生剤の使用により肝酵素が下がったことから潜在的に感染があった可能性が示唆される。現在、抗生剤を変更して経過観察中であるが、肝酵素上昇がPHPVに由来するものであればこれ以上の改善は認められない可能性があると考えられる。
2006年にLisa Mらは肝細胞に空胞変性を起こした犬はALP・GGTに比べてGOT・GPTは上昇しにくいと報告しているが、猫では今回の症例のようにGOT・GPTが上昇する可能性があることが示唆された。しかし、猫での空胞変性についての報告はなく、またPHPVの重症度分類が定められておらず組織学的な肝細胞障害の程度と肝酵素上昇の関連も不明であるためさらなる研究が必要であると考えられる。

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