王子ペットクリニック:学会発表12

腹腔鏡下門脈体循環シャント結紮術を行った犬の一例
Laparoscopic ligatation of congenital portosystemic shunt in a dog.

○小林 巧1)重本 仁1)吉田 直喜2)鳥巣 至道3)

1)王子ペットクリニック 〒114-0003 東京都北区豊島1-22-9 Tel:03-3913-2500 2)ノヤ動物病院 〒350-1234 埼玉県日高市鹿山143-19 Tel:042-985-4328 3)宮崎大学農学部附属動物病院研究室 〒889-2192 宮崎県宮崎市学園木花台西1-1農学部附属動物病院 Tel:0985-58-7286

【要約】

門脈体循環シャント(Portosystemic shunt:PSS)は肝臓の発育不全、高アンモニア血症、肝性脳症などを引き起こし、QOLを低下させる比較的まれな疾患である。PSSは大きく分けて先天性と後天性に分類されるが、先天性の肝外単一のPSSはシャント血管の閉鎖により完治が望める疾患である。今回、先天性の肝外単一PSSの症例において腹腔鏡下でシャント血管を完全結紮し、良好な経過が得られた。腹腔鏡下での血管の剥離、結紮には技術を要するが、侵襲が少ないため、術後の疼痛管理も容易で開腹手術と比較して一般状態も良好であった。今後はいろんなPSSのシャントタイプにおいても同様に腹腔鏡下での手術が可能か検討を行っていく必要があると考えられた。

キーワード
先天性門脈体循環シャント、腹腔鏡、完全結紮

【はじめに】

門脈体循環シャント(Portosystemic shunt:PSS)は肝臓の栄養血管である門脈から後大静脈や奇静脈などの全身循環にシャント血管が形成され、肝臓の発育不全を引き起こす疾患である。NH3などの本来肝臓で代謝されるはずの物質が直接全身循環に流入するため、高NH3血症や肝性脳症を引き起こし、重度な場合はQOLを著しく低下させる。
PSSには、生まれつきシャント血管の存在する先天性のものと慢性肝炎や肝硬変などの肝疾患に伴う門脈高血圧によってシャント血管が形成される後天性のものに分けられる。後天性のPSSは肝疾患に対する内科療法が一般的な治療であるが、先天性のPSSはシャント血管の閉鎖により症状の軽減や完治が望める。シャント血管の閉鎖法には糸で結紮する他にセロファンバンドを用いる方法やアメロイドリングを用いた方法がある。これらの手術は開腹下での手術が一般的で腹腔鏡下でシャント血管を閉鎖したという報告は少ない。今回、先天性のPSSの症例において腹腔鏡下門脈体循環シャント結紮術を実施したので報告する。

【症例】

ウェルシュ・コーギー・ペンブローク、未避妊メス、6ヶ月齢、6.75 kg。尿結石(尿酸アンモニウム)を主訴に近医を受診し、血液検査にて先天性のPSSを疑い当院を紹介受診した。

<各種検査>
血液検査(表1~3)ではCBCの異常はなく、血液化学検査ではTP(4.6 g/dl、参考値:5.0~7.2 g/dl)、ALB(2.4 g/dl、参考値:2.6~4.0 g/dl)、BUN(7 mg/dl、参考値:9.2~29.2 mg/dl)、T-CHO(80 mg/dl、参考値:111~312 mg/dl)の低値、ALP(928 U/l、参考値:69~333 U/l)の高値が認められた。PSSの診断に有用な食前食後のNH3(226→463 µg/dl、参考値:16~75 µg/dl)とTBA(15.7 →194.4 µmol/l、参考値:<25 µmol/l)は共に高値を示した。また、肝臓でのアミノ酸代謝の指標となるTYR(97 µmol/l、参考値:20~50 µmol/l)は高値を示し、BCAA(284 µmol/l、参考値:400~600 µmol/l)は低値を示した。血液凝固検査ではPT(10.0 s、参考値:6.8~8.6 sec)、APTT(35.5 s、参考値:13.1~26.9 sec)の延長が認められた。尿検査では尿酸アンモニウム結晶と潜血が認められた。高アンモニア血症の治療としてラクツロースを処方し、食事を肝臓用処方食に変更した。肝臓のアミノ酸代謝の改善を目的に肝臓用サプリメント(ベジタブルサポートドクタープラス)を処方し、膀胱炎の治療として抗生剤(セファレキシン)、止血剤(トランサミン)を処方した。 後日CT検査(図2)を実施したところ、右胃静脈から後大静脈に流入するシャント血管が認められた。門脈体循環シャント結紮術の実施を決定し、体重や体型、シャント血管の位置などから腹腔鏡での手術が可能であることをインフォームし、オーナーの希望により腹腔鏡下での手術実施を決定した。

<麻酔>
前投薬としてミダゾラム(0.2 mg/kg)、グリコピロレート(0.01 mg/kg)を皮下投与した。導入薬としてプロポフォール(10 mg/kg:to effect)を静脈注射し、気管内挿管を行った。麻酔導入後はイソフルランの吸入で麻酔を維持し、モルヒネ(0.3 mg/kg )の筋注と(0.01 mg/kg)の硬膜外投与を行った。その後、左足背動脈に留置針を設置し観血的に動脈血圧を測定した。術中に症例の血圧が安定しなかったため、昇圧薬としてドパミンのCRI、鎮痛薬としてレミフェンタニルのCRIを開始し、吸入麻酔薬をセボフルランに切り替えた。
<手術>
執刀医、助手、器械助手、麻酔師が各1人、外回りが4人で手術を実施した(図3)。
腹腔鏡のカメラ装置としてIMAGE 1 HUB HD Endoscopic Imaging System(カールストルツ、ドイツ)、光源装置としてxenon nova 175(カールストルツ、ドイツ)、気腹装置としてEndoflator 264305 20(カールストルツ、ドイツ)を使用した。カメラヘッドはHOPKINSⅡ テレスコープ0° 26046 AA(カールストルツ、ドイツ)、トロッカーはKii アドバンスドフィクセーション(オリンパスメディカルシステムズ、日本)とTERNAMIAN EndoTip カニューレ K30120 L1(カールストルツ、ドイツ)を使用した。
麻酔導入後症例を左半側臥位で固定し、トロッカーの挿入位置をマーキングした(図4)。尖刃にて第1トロッカー挿入位置の切皮を行い、メッツェンバウムで皮下組織を剥離、腹壁を小切開し、トロッカーを挿入した。トロッカーはKii アドバンスドフィクセーションというバルーン付のトロッカーを使用した。トロッカーのバルーンを拡張させ、トロッカーを固定後、カメラを腹腔内に挿入して内部を観察した。その後腹腔内をカメラで確認しながらメスで皮膚から腹壁を切開し、第2トロッカーを挿入した。第2トロッカーの位置から触診棒を挿入し、十二指腸をよけていくと後大静脈に流入するシャント血管が確認された(図5)。位置関係を確認し、シャント血管の結紮が可能な位置に第3トロッカーを挿入、触診棒、鉗子を用いてシャント血管を剥離した。血管の剥離後2-0 PLOLENEで血管を確保した。門脈圧の測定並びに門脈造影のため、下腹部に切開を加えラッププロテクターFF0504S(八光メディカル、日本)を挿入し、そこから腸管を腹腔外に牽引した。牽引した腸管の腸間膜静脈に24Gの留置針を設置し門脈圧を測定した(図6)。シャント血管を仮結紮した状態で門脈造影を行い、シャント血管の閉鎖と肝臓内への門脈血の流入を確認した(図7)。シャント血管結紮前の平均門脈圧は 10 mmHg、仮結紮後の平均門脈圧は11 mmHgであり、造影検査によって肝内門脈枝の発達が十分であったため完全結紮が可能であると判断した。造影後、シャント血管を確保した糸を用いて腹腔外でノットを作成し、ノットプッシャーを用いてノットを腹腔内に進めていき血管を結紮した(図8)。血管結紮後、腸間膜静脈に設置した留置針を抜去し、腸管を腹腔内に戻した。その後、ラッププロテクターにEZアクセス ラッププロテクターFF0504用(八光メディカル、日本)を装着し、EZアクセスにトロッカーを挿入して避妊手術、肝生検を実施した。最後に腹腔内を洗浄、腹腔内の出血や消化管の色調を観察し問題がないことを確認し、トロッカーを抜去して傷口を縫合した(図9)。手術時間は切皮から閉腹まで150分であった。

【術後経過】

術後の経過は良好で術後発作を起こすことなく、術後3日目に退院した。術後1ヶ月の健診で食後のNH3(16 µg/dl)、TBA(4.5 µmol/l)は正常化し、門脈体循環シャントは完治した。

【考察】

今回先天性のPSSの症例において腹腔鏡下シャント血管結紮術を実施した。先天性のPSSは外科手術が適応となることが多いが、腹腔鏡下でシャント血管の閉鎖をしたという報告は少ない。 腹腔鏡手術の第1の長所は傷が小さいため、術後疼痛が小さく、回復が早いことである。しかし、腹腔鏡下での鉗子操作による血管の剥離や結紮は技術を要し、開腹手術と比較して手術時間が延長する可能性がある。実際、本症例の手術時間は開腹手術の手術時間の2倍程度の時間を要した。しかし、手術時間の延長の割に麻酔からの覚醒は極めて良好であった。また客観的な評価方法を用いたわけではないが、開腹手術を行った症例と比較して術後の回復も早く、2日目には走り回るほど元気であった。術後1カ月が経過すると傷がわからないほどキレイであった。今回、手術時間が延長した原因は、手術全体の流れが各スタッフ間で完全に把握されていたわけではなかったこと、トロッカーの位置決めにやや時間を要したこと、器具が開腹手術より多く、門脈造影の手技と確認に時間を要したことなどが考えられた。これらの問題点は、本手術様式が確立され、C-アームなどのレントゲン透視装置の導入などによって解決できると考えている。
また、後大静脈に流入するシャント血管を開腹下手術で行う場合は、術者しかシャント血管を確認することができず、非常に狭い視野での手術となるが、鏡視下手術では、手術室にいるスタッフすべてが画像でシャント血管を確認することができ、非常にスタッフ教育にも優れた手術方法であると考えられた。
今回の症例では結紮後の平均門脈圧が参考範囲内であったため、完全結紮によるシャント血管の閉鎖が可能であったが、結紮後の門脈圧が高くなってしまう症例では門脈圧を調節して部分結紮を行わなければならない。こうした症例ではトロッカーの位置によっては繊細な作業ができなくなってしまう可能性があるため、手術を行う前には十分なシミュレーションが必要となる。部分結紮などの分割手術が必要になる症例にどう対処するのかを検討していくこと、また先天性のPSSにはいろんなシャントタイプがあるが、それぞれのシャントタイプに対しての手技を確立していくことが今後の課題であると考えられた。

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